月夜見

   “春は名のみの”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
ただただずっと寒いのも大変だが、
日替わりという小刻みな間合いで、
暖かだったり寒かったりが入れ替わるのも困ったもので。

 『裏のご隠居が、膝や腰が痛いって言っててな。』

まだ暖かだったうちから、じんじんと奥の方が痛かったらしく、
日ごろは温和なお顔なの、
遊びにと押しかけた子供たちに気づかれないよう、
こっそり歪めてなさるのを見かねた親分さん。
いいお医者を知ってるからと、
ひょいとおぶっての たったかと。
ご城下の場末、薬草の花畑のすぐ間近にある診療所まで、
あっと言う間に駆け参じ、ご隠居さんを連れて来た。

 「気温や気圧の変化っていうの、
  何も動物だけが敏感に感じるって訳じゃあないんだ。」

便利な道具を使うようになってから、
人間はそういうところが随分と鈍
(なま)って来ているけれど。
それでもやっぱり“生身”の存在だから…と。
大先生の診察を受けてるのを待ってる間、
親分さんへとお茶を出してくれた小さなトナカイ先生。
彼もまた博識な腕のいいお医者であり、
知ってるところというのを話してくれて。

 「例えばよく使って来た関節とか、昔に大怪我をしたところなんかはサ、
  何かと過敏になってたりもするんだろうし。
  例えば空気の圧が変化したのを、
  体の中の水っ気が保ってる圧力との差で、
  感じ分けたりもするんだろうし。」

 「空気の圧?」

手渡された湯呑みの縁から立ちのぼる、
暖かい湯気を嬉しそうに見下ろしていたものが、
大きな双眸、キョトンと見張った親分さんへ、

 「えっとぉ…。」

あああ、しまった。
やっとぉでは頼もしい親分さんだが、
そういうところは年齢相応に無邪気な素人さんなんだったと。
丸っこい角の飛び出してる山高帽を押さえつつ、
どしよどしよと慌てる 小さいせんせいの肩を捕まえ、

 「ご本に載ってる専門の言葉ですよ。」
 「よぉ、ブルック。」

自分のお仕事がキリのいいところだったか、
今は無人の待ち合いまで出て来た、新顔の所員のもう一人。
白い頭巾と着物の上へ重ねた割烹着とで、
その身のほとんどを覆ってる助手さんが、
トナカイせんせえを助けるように、言葉を継いで差し上げた。
急に変わってしまったお話の流れがよく見えないか、
当事者だのに“え?え?”と あたふたするチョッパーなのの、
文字通り“頭越し”に会話は続いて。

 「お医者のお勉強とか、
  お天気のお勉強なんかに出て来る言葉なんで、
  意味まで知らなくても、別に困ったりはしませんよ。」
 「なんだ、そっかぁ。」

俺ってあんまり流行とかに詳しくないからよ、
実は皆が知ってる言葉なんだったら、
判んねぇままだと困るかなぁって思っちまったぜと。
屈託なく微笑った親分さんのお返事もまた、
なかなか豪気な代物だったが。
何とか場が収まったらしいと判り、
はややぁと胸を撫で下ろすトナカイさんの仕草の可愛さへ、
微妙に目許を細めた年上の助手さん。
頭巾で頭やお顔を隠しているから、
その表情が分かりにくいのではなくって。
事情が通じている顔触れだけなので、
失礼しますねと断ってから大きなマスクを外した下から現れたのは、
単にやせ細っているとか何とかいうんじゃなくの、
どう見たって“骸骨そのもの”なお顔であり。
ちょっとした経緯があっての、とある悪魔の実の効果のお陰様、
謀殺されてしまった身であるにも関わらず、
こうして喋ったり歩き回ったりということを、
続けていられる奇跡のお人。
とんだ騒動になりかけていたのだが、
このやんちゃな親分が関わったことからお話は好転し、
一応の決着を見たのちは、
こうして、藩の直轄である診療所へと勤めさせてもらっておいで。
元はそこそこ妙齢の武家だったということから、
一般常識以上の知識もあったし、
根が剽軽なお人柄もウケてのこと、
結構お役に立ってるそうだが、

 「お連れのご隠居さん、
  年末に凧揚げで活躍なさった方ですよね。」
 「おうっ。
  凄げぇんだぜ?
  何でも骨にしてのちゃっちゃかと凧にしちまって、
  あっちゅう間にお空の高いとこまで楽々と上げちまう。」

膨らませ気味にした小鼻をちょっぴりそびやかしての、
自分の手柄みたいに“えっへん”と。
堂々の自慢げに言い放った親分へ、

 「骨にして……揚げてしまう?」
 「おうよっ。」
 「骨にすると揚がるのですか?」
 「決まってんだろ? 凧だもんよ」
 「????」

今度はブルックの方が混乱したか、
大きなアフロ頭をかっくりこと傾げたもんだから。
そしてそして、
親分からはそれ以上の説明は引き出せそうにない空気だったから、

 「ああ、いや…あのなっ、
  ブルック、あとで説明するからさっ。」

今度はチョッパーの方が、
双方の勘違いを見通した上で、
両手をばたばたと振り回しつつ、
何とか場を収めようと頑張ってたりし。

 ……かわいいなぁ、あんたたち♪

 「う、うるせぇなっ、このやろがっvv」
 「チョッパー? 誰と話してんだ?」

  あっはっはっは…っvv




       ◇◇



何だか話が脱線しかかったのを、
まあまあまあまあと、

 「お饅頭があるから食べないか?」

偏頭痛で通ってるおトラさんが、
いつもいつも何か持って来てくれててねと。
待ち合いの一角に据えられてあった水屋から取り出した菓子折りで、
あっと言う間にチャラにしてしまった、
ここはチョッパー先生の一本勝ちで収まって。

 「うんめーっvv」
 「おお、これは じょうよ饅頭ですね。」

こしあんがまた繊細な甘さで、と。
一体どうやって吸収されるやら、
ほくほくと食べてしまえるブルックなのが、
依然として不思議なまんまなのも、まま さておいて。

 「けど、本当にこの冬は、
  寒いのと暖かいのが目まぐるしいから困りもんだよね。」

お話を冒頭のネタまで、
大きく振りかぶって
(?)引き戻してくださったチョッパー先生であり。
物凄く寒かったのが、
そうでもない寒さに戻るっていう程度じゃあなくて。
今度は春なんじゃないかってほども、
思い切り暖かくなったりするもんだから。

 「ご隠居さんみたいに、
  微妙に体調を崩しちゃったって人が、今年は多くてね。」

寒い冬ならともかく、
汗かくほどの日もあったのに何度も風邪を引いたり。
体の節々が痛くてしょうがないって人も多かったし。
目まぐるしいのが実は一番大変なんだねぇと、
小さなひづめで摘まんだお饅頭へ、
溜息混じりに もぎゅと喰いつくトナカイせんせえで。

 「そうですよねぇ。私もこの数日の極寒は骨身に染みましたし。」

あ・でも、わたし“身”の方は持ってないんですけどもね、と。
相変わらずの 素軽冗句(スカルジョーク)がご披露されたお約束はさておき。

 「あんなに暖かだったのが、
  昨日・一昨日は時折吹雪いたほどの雪でしたものね。」
 「そうそう。」
 「花見どきくらいは暖かだったってのにね。」

それも雪があんだけも降ったから、
積もったとこじゃあ、すべって怪我したって人も出たし。
うん、ウチにもたっくさん、手当ての要る人が来たほどだったよ。

 「俺は生まれが寒いとこだったから、
  寒さ自体にはあんまり困らないんだけど。」

ふかふかの毛並みにくるまれた頬、
ちょっぴりほど萎ませて、

 「他の人はそうはいかないのと同じほど、
  犬や猫や鳥たちも、風の来ないところに身を寄せて、
  困った困ったって言っててさ。」

まだ何とか冬の毛並みだから、いきなり凍えるって恐れはないけど、
遠くまではなかなか出歩けないから、食べるものに不自由するって。

 「でもさ、だからって此処へ呼ぶ訳にもいかないしさ。」

そんな格好で人が手を掛けるのは、よほどのこと逼迫してからだ。
そも自然な土地じゃあない町中だけど、そんでもさ、
人があまりに手をかけると、ますますのこと生き方が狂ってしまうから…と。
動物の声が聞こえるだけじゃあない、
彼らの立場にも通じておいでの先生だからこその、
けじめというか、守りたい一線というのがあるようで。
ちょっぴりしんみりしたお声になった先生の横顔へ、

 「ふぅん。」

よくは判らないけれど、
半端な茶々を入れてはいけないらしいと察した辺り。
時たま常識がないと叱られる、
型破りで とっぴんしゃんな親分さんにしては、
なかなかに繊細な何か、感じ取ったようであり。

  …あ、でも。このご城下には犬猫のたまりがあっからよ、
  食べるものには あんま苦労してないみたいだけどな。

   「たまり?」

  おう。俺が知ってんのは、
  どこの通りかまでは覚えてねぇが、猫好きな女隠居がいてよ。
  自分ちの庭に限ってのこと、えさを用意してやっててな。
  確か、場末のほうだったから、
  ご近所にも迷惑にはなってねぇと思うし。

 「猫同士、犬同士、じょーほーこーかんってのはあるんだろ?」
 「うん。取ってると思う。」

だったら大丈夫なんじゃね?と。
にっぱり微笑って差し上げる親分さんへ、
そだなvvと チョッパー先生も何とか笑顔を取り戻す。

  猫の足跡ってのは梅の花みたいだよな。

    え? そう、かなぁ?

  だってよ、犬の足跡だと爪も出たまんまだけどよ、
  猫の足跡は指先が真ん丸だから、
  ちょんって残ってると……

 「雪の中に足跡って、それはまたどこで見たのですか?」
 「あ?」

さっきも言ったが、急な降りようだったので、
予定があったお人らは構わずにお出掛けしてのこと、
町なかの大路はあっと言う間に雪も消えた。
猫の足跡しか残ってないよな場所だなんて。
しかも、それと見分けられるほど明るかった時間帯となると、
随分と限られやしませんかと。
これまた、大人なりゃこそな着目、
ブルックとしては素朴に疑問を感じたらしかったのだけれど。

 「あ、えと、あーうー…。////////」

 たちまち、真っ赤になってしまった親分さんだったということは…?

急に反応が 鈍く…というか、
ある意味 判りやすくも、とある向きへと方向転換しちゃったものだから。

 おやおや? あれれぇ?と、
 小首を傾げつつも…その実、
 微笑ましいことですねなんて方向へ、
 こそりお顔を見合わせてしまった、
 トナカイ先生と粗忽な助手さんだったらしいです。





   〜Fine〜  10.03.11.


  *ちょっと間が空きました捕物帖です。
   すぐ前のお話に、
   年末になって唐突に冷えたという後書きがあって、
   物凄い乱気流な冬だったのねと、
   こんなところでも実感しました。

  *今回は何とはなくの気配だけというご登場な坊様でしたが、
   あの恰好でこの冬は、なかなか厳しかったんじゃあなかろうか。
   あ、でも。
   半裸で雪国を徘徊していた、剛毅な前科持ちでしたっけ?
   (きっと一生言われるな、あれは・笑)

めるふぉvv 感想はこちらvv

bbs-p.gif


戻る